2019年7月5日金曜日

2019年07月05日

昨日は帰った後サウナに行った。
テレビで参院選に向けた党首討論をやっている。
首相の言葉に「がんばりたい」以上の意味合いを感じられなかった。
選挙どうなるかな。

朝9時起き。
疲れて体が動かない。
結局ギリギリに家を出る。
弁当をまどに任せてしまった。

会話の中で他人の噂話になった時、「あいつはうまくやってる」と、その人の身の振り方が話題になったりする。
純粋にほめていたり、皮肉混じりだったりするけど、良い気分になることは少ない。
少し前にファンマーケティングのウェブ記事とかを読んだ時も、いまいちしっくりこなくて疲れてしまった。
身の振り方自体が目的化してしまうとなんだか気分が下がる。
「道にゴミを捨てない」理由が、「誰かがそうじしないといけなくなるから良くない」ならわかるけど、「誰かが見ていて後で悪い噂が立つから、捨てないほうが無難」だったら、何か違うなあと感じてしまう。
つい動機よりも体裁を重んじてしまう態度は日本人的なのかもしれない。
絵を描いている人でも、歴史的・社会的な立ち位置を意識しつつ「勝手にやってるだけなんですけどね」とはっきり言える人に惹かれる。
面白い絵を見たり音楽を聴いた時の生理的な反応は大切にしたい。

というようなことを(かなり短くして)ツイートしてたら、キスケから「これの頭のほうで近いこと言ってた」と、SICK TEAMのインタビュー動画を教えてもらった。
https://www.youtube.com/watch?v=XmBl5d7HwxU
5lackが「これが良い、って自分で決めるパワーが必要」と言っている。
5lackの新曲は、90年代の雰囲気を堂々とリラックスしてやっていてかっこいい。
https://www.youtube.com/watch?v=r2O6Xx8tDHE

湿気で傷んだ砂壁をスクレーパーでそぎ落とす。
思っていたより凸凹は少なく、シーラーとペンキを塗れば隠せそう。
3箇所ほど深めにへこんでいたので、パテで補修。

飴屋法水「彼の娘」読み進める。
生と死、人間と動物、自己と他者など、様々な認識の境界に触れていく。
日常の出来事を発端として自己の認識への言及が行われ、吐き出される言葉から詩が生成されていく。
飴屋さんはナマケモノやアルマジロなど、愛玩用に品種改良されていない動物を専門に扱うペットショップを経営していた。
「自分が人間の誰かと結婚し、巣をかまえ、雛を育てることなど、考えもしなかった」
この文章には確かに詩情が宿っているけれど、「人間の雛」という言葉から醸し出される詩情と感動とは、何によるものなのだろうか。

今日はリフォーム作業の出だしが遅かったので、養生をある程度済ませてから帰ろうと思う。
弁当のおかずも寝る前に作っておきたい。

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