2021年10月7日木曜日

ジャーニーしがち(2021年10月05~07日)

04日夜

閉店後、フランソワ・トリュフォー「あこがれ/大人は判ってくれない」見る。シャワー。少しキャンバス進める。なんだかよくわからないがストレスがたまったので、深夜1時から料理。ベーコン、ナス、アスパラ、にんじんを炒める。どこにいても居心地が悪いがそれが実は誇らしかった。


05日

朝8時前に起きる。定休日。もうほとんど副反応は無し。ゴミはまどが捨ててくれた。朝ごはん食べる。外出、喫茶店へ。小山清「落穂拾い・犬の生活」続き読む。

久しぶりに高松市美術館へ行き、「大・タイガー立石展」見る。すごい作品量、しかも1点ごとの密度がすごい。活動初期の「立石紘一のような」という作品は、元々立石自身のマニフェストに添える予定で描いていたイラストを東野芳明に拡大版を描くよう勧められて制作したものらしく、「?」な存在感が突出していた。The Residentsのアルバムジャケットを描いていたことも初めて知った。時系列で見ていくと、作家のその時々の葛藤なども伺えて面白い。岡崎乾二郎や中園孔二の作品が展示されている常設展も見応えがあった。

一旦帰り、昼ごはん。少し絵を進める。アルノー・デプレシャン「そして僕は恋をする」見る。3時間あるので定休日でないとなかなか見れない。淡い光が美しい。物語の核となる男女はそれぞれどこか欠落した部分があって、そのすれ違いにひりひりする。見ていくうちにあまり長さを感じなくなった。

小腹が減ったので、春風堂でクッキーを買って公園で食べる。蚊が多い。島田虎之介「ロボ・サピエンス前史」読み始める。スーパーで買い物して帰宅。ごはんを炊いて餃子を作るが、皮がフライパンに貼り付いてしまい大失敗。難しい。まど帰宅、とりあえず食べる。味はうまい。ビール飲む。「ロボ・サピエンス前史」読み終える。

TSUTAYAへ行き、返却。タリーズで読書。「落穂拾い・犬の生活」読み終える。帰ってシャワー。早めに寝る。


06日

朝8時前に起きる。ゴミ捨て、朝ごはん。キャンバス進める。買い取った映画パンフレットの整理。位置を変えた効果か、最近映画パンフレットがちょいちょい売れている気がする。外出、100均でレジャーシートを買い公園へ。芝生にひいて座ってみる。視点が低いと公園も広く感じて新鮮だ。以前昼時に公園を通りがかったら、スーツ姿の男性が敷物に座ってお弁当を食べているのを見かけたことがある。あれはなんか良かったな。スケッチブックにマーカーで絵を描き、スターン「センチメンタル・ジャーニー」読み始める。焦点のはっきりしないもんやりとした文章だけど、妙に落ち着く。

開店。発送準備、映画パンフレットを中心に品出し進める。この日はお客さんが多く、売上も良かった。常連さんも一見さんらしきお客さんもいらっしゃって、楽しい一日。

私が何か小さな失敗をやってしまった時、彼はいつも近くで笑っている。彼は今この街ではなく数百キロ離れた別の街に住んでいるはずで、この状態はもう何年も続いているけど、私が笑っていると感じたということはどっちみち近くにいるのと同じことだし、また彼も私についてそのように感じていた。

閉店後、シャワー。少し本を読んで、絵を進めて寝る。


07日

朝8時頃に起きる。ゴミ捨て、朝ごはん。キャンバス進める。楽しくなってきた。外出、銀行寄って喫茶店へ。「センチメンタル・ジャーニー」続き読む。旅行記によくある風景や風俗の描写はほとんどなく、「こうかもしれない」「こうありたいものだ」など主人公の小さな心の動きばかりがむにゃむにゃと描かれる。かなり細かく章が区切られているけど、しばらく舞台はカレーのまま。何かがおかしい。あまり移動していないし、どれだけ時間が経っているのかもよくわからない。おそらくもともと作者自身心がジャーニーしがち人で、その様子をまんま書きたかったし、実際そう書けている、という感じ。ヴァージニア・ウルフも「旅行案内や坦々たる街道よりもむしろ彼自身の心の屈折を選ぶという点で、スターンはふしぎにもわれわれの時代に属している。談話より沈黙に対する関心においてスターンは近代人の先駆者である」と書いたそうだ。スーパーに寄って帰り、また絵を進め、大根と水菜のサラダを作る。

開店。なんとなく朝からだるく、副反応かなと思っていたけど回復した。店頭買取1件、建築関係などいろいろ。浜吉さん来てくれて映画の話。先月分の帳簿まとめ。30日にリフレッシュ休暇を取る予定なので、諸々予約。

今日はお酒呑みながら映画を見る予定。

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